サウナの儀式と芳香浴の効果

温泉入浴は、最も古くから行われてきた治療法のひとつです。スパの語源は、ラテン語で「水による健康」を意味する「salus per aquae」です。初期文明では、世界中の人々がプールや温泉の熱水、あるいはハーブを使ったアロマスチームを浴びることで、肉体的・精神的に浄化されると信じていました。

ネイティブアメリカン、アジア、マヤ、バビロニア、ギリシャ、ローマなどの文化圏で、水の持つ神聖な癒しと浄化の力を信じて、古くからこうした儀式が行われてきました。古代エジプトやインダス川流域の有史以前の都市、エーゲ海の集落でも、複雑な入浴儀式が行われていました。

エーゲ海の人々は、天然温泉やプールに加え、バスタブや洗面器、足湯など、現代のバスルームの原型となるような、身の回りのものを清潔に保つ設備も備えていました。クレタ島のクノッソス宮殿からは、紀元前2千年頃のものが発見されています!


さまざまな文化圏の入浴法

長い年月を経て、それぞれの文化圏でその国の気候や風習に合った入浴の習慣や儀式が取り入れられるようになりました。例えば、日本では古くから「温泉」と「銭湯」の2種類の入浴法が行われてきました。「温泉」は文字通り「温泉」を意味し、「銭湯」は「温泉」に付随しない「共同浴場」を指します。これは、温泉を中心とした湯治と、中東のハマムのような湿熱や蒸気を利用した湯治、フィンランドのサウナのような乾熱を利用した湯治という、比較的異なる2種類の湯治の伝統が発展したものです。サウナでは、熱い石の上に柄杓で温水を投げ入れて蒸気を発生させ、発汗を促して毛穴の汚れを落とす習慣もあります。また、お湯の入ったボウルにジュニパー、パイン、シダーウッド、ローズマリーなどのエッセンシャルオイルを数滴たらし、アロマの香りを漂わせると、癒しと浄化の効果があります。


ジュリアのサウナ体験とフィンランドの伝統文化

私の母がフィンランド人だったので、自然にサウナの伝統の中で育ちました。サウナの儀式は、フィンランド人の文化やライフスタイルの中心であり、不可欠なものです。私の家では、週に2回、だいたい夕方からサウナに入りました。まず、女性と女の子が一緒にサウナに入り、次に男性と男の子が一緒に入ります。もちろん、全員が裸で入るのがサウナの基本であり、あまりにも自然なことなので、私は成長する過程でそんなことを考えたこともありませんでした。自然の感触を直接肌に感じることができるので、自然の風景に囲まれた湖や海で裸で泳ぐのは、とても気持ちのいいものです。

サウナは、まず丸太を運び、ストーブのそばに積み上げ、薪を割るなど、火をつけるための準備から始まります。その後、新鮮で弾力のある銀白樺の小枝を束ね、ひもで束ねてヴィヒタ(*)を作るのが通例です。これをバケツのお湯につけて葉を柔らかくし、サウナで温めます。ストーブが暖まるとパチパチと鳴る丸太の香り、夕方に漂う薪の煙の香り、小屋の壁から染み出る松脂の鋭い匂い、そしてお湯につけてしなやかにした白樺の小枝のフレッシュでバルサミックな香りは、すべて私の幼少期の記憶に深く刻み込まれている豊かな感覚体験です。触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚など、あらゆる感覚を通して人生を体験するわけですが、夕暮れの光の中に徐々に消えていく薪の煙の香りは、幼い頃から慣れ親しんだ、樹脂の柔らかい香りを今でも鮮明に覚えています。 (*)葉のついた枝を束ねたもの。 全身に叩きつけて使用します

気温がマイナス40度まで下がり、冬が暗く長いこの国で、フィンランドのサウナの本当の起源は、何千年も前の古代神話にまでさかのぼります。サウナはもともと、凍てつくような厳しい気候を和らげ、身を清める場所として利用されていましたが、伝統的に重要な儀式や精神的な役割も持っていました。家庭の中心にある神聖な場所で、赤ん坊が生まれ、死の秘儀が行われ、癒しの儀式が行われたのです。

今日でも、サウナの伝統はフィンランド人にとっての「生き方」であります。サウナは、時間の許す限り楽しむものではなく、シンプルな喜びを尊ぶライフスタイルに組み込まれた継続的な儀式なのです。自然の中で過ごす時間や、水、火、土、空気、空間といった要素を五感で感じることは、回復やインスピレーション、癒しにつながります。 また、自然界のリズムは、私たちが人生で直面する困難、困難な時代を生き抜く方法を教えてくれることもあります。季節の移り変わりの美しさに身をゆだねれば、すべては移ろいゆくものであり、循環しているものであることを理解し、内なる変革の力を与えてくれるでしょう。自然は、私たちが自分自身の内面と再びつながり、自然のパターンや私たちを取り巻くすべてのものと表裏一体であることを認識させてくれるのです。